恥知らずの安倍首相の足元をみる、トランプとプーチン

 先週木曜日、安倍首相は通訳一人を伴い、トランプ・タワーの最上階へ乗り込んだ。CSIS最高顧問キッシンジャーの仲介で、なんとか面談の時間をつくってもらい、日本国民の税金で購入したドライバー(おそらく、トランプ側の意向)を貢物として献上した。各国首脳は当選お祝いを電話等で述べるにとどまる中、安倍首相は現職大統領のオバマの顔に泥を塗る態度を隠そうとしなかった。いくらレイムダックとはいえ、来年1月20日の大統領正式就任までは表敬訪問は控えるのが礼儀である。選挙期間中、ヒラリー・クリントンには直接会い、陣中見舞いをしたのに対して、トランプ陣営に対しては代理人を介して挨拶させただけだったから、トランプが次期大統領に決まり、早く挽回しようとあわてふためき、なんとか御目通しだけでもと、面談時間90分をねじ込んだというわけだ。(hastily arranged 90-minute meeting/ロイター)トランプ側としては、ファミリーと側近とで閣僚候補名簿をみながら、和気あいあいと組閣のアイデアを交換している最中、極東から「ネズミ」がどうしても会いたいと云ってきたので、仕方なく会ってやったというところだろう。もちろん、大統領正式就任前に具体的に政策的な話などできるはずもない。(Trump official Kellyanne Conway told CBS earlier on Thursday that "any deeper conversations about policy and the relationship between Japan and the United States will have to wait until after the inauguration."/ロイター)在留米軍基地経費負担やTPPなど、口の端にも乗せる隙はなかっただろう。ましてや、オバマ大統領はドイツでメルケル首相らと会談している最中であり、ペルーで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議およびTPP会議で安倍首相とも会うことになっていた。国際的には極めて非礼かつ恥ずべき行動だったといわざるをえない。実際、招かれたわけでもなく、このタイミングで私邸にまで押しかけていくという非常識には海外メディアも?をつけている。

 トランプの対日評価は1980年代のイメージに基づく。すなわち、アメリカから多くの職を奪い、安全保障面ではフリーライダーというものだ。(Some of Trump's campaign rhetoric suggested an image of Japan forged in the 1980s, when Tokyo was seen by many in the United States as a threat to jobs and a free-rider on defense.)だが、安倍首相はアメリカのために日本を大きく変革させようとしてきた、とトランプ陣営は評価している。もちろん、これは日本人に多くの犠牲を強いるものだから、トランプ陣営も驚いているほどだ。(ふつうの国では自国民より他国を大切する政権はあっという間に転覆される。)("Frankly, the prime minister has been more assertive and forthright in trying to make those changes to Japan’s global posture," a Trump adviser said.

 ただ、今回の面談がCSIS/キッシンジャーによってアレンジされたことで、ひとつの謎が解けた。トランプと娘婿のJared Kushner(クシュナー)はともに不動産業に携わってきたということだが、メディア業界と並んで、ユダヤ・ビジネスに牛耳られている。キリスト教信者のトランプが、過去に幾多の破産を乗り越えられたのも、クシュナーらユダヤ資本からの支援があったからだろう。グーグルやフェイスブックなどIT業界は表向き、クリントン支持を表明していたが、経営層(インド系も多いが)はユダヤ系であり、「隠れトランプ」だった可能性がある。しかも、アメリカのマス・メディアはほとんど全てユダヤ系金持ちたちに買収されている。(バークシャー・ハサウエイのウォレン・バフェットは資産のほとんどをユダヤ系のゲイツ&ミランダ財団に譲渡したが、地方紙を軒並み買収している)彼らは意図的にクリントン優勢を伝え続け、最後にどんでん返しを食わせた。Brexitの時と同様、株の大暴落で巨万の富を稼いだのだろう。まさに、ロスチャイルドのワーテルローの戦いの時と同じ手口である。

 トランプ勝利を早くから予言してきた田中宇氏は、トランプはイスラエルとの絆を深めるという。イスラエル国民の居住地をヨルダン川西岸にまで拡大させ、パレスティナ難民を締め出していく計画があるからだという。パレスティナ難民は隣国ヨルダンへ流入せざるをえない。そうなると、シリア、ヨルダン、サウジ、トルコと火種が飛び火していく可能性も出てくる。イスラエルのネタニヤフ首相はロシア出身である。アイン・ラントをはじめ、アメリカにもロシア系ユダヤ人が多い。トランプがプーチンに接近するのも、背後にイスラエルの動向があるからだ。アメリカがシリアから手を引き、イスラエルの伸長をロシア(中国も)が容認すれば、中東問題は解決の方向に舵を切れる。その際、復興資金として日本にもカネを出させようとするだろう。

 オバマ−クリントンでは、中東も北朝鮮も解決できない。トランプを背後で支える大富豪たちの世界戦略は、アジア、とくに日本からカネを巻き上げ、自らの富を膨らませると同時に、イスラエル領土拡大のために中東問題を解決する必要があるというものだろう。つまり、トランプとネタニヤフにとって格好の餌食が日本なのである。トランプのTPP反対は、反グローバリゼーションを意味しない。背後の超富裕層=多国籍企業の利益拡大こそが至上命題だからだ。表向き、「公平・公正」を唱えながら、Take-and-Takeで日本から富を強奪しようとするだろう。すでにGPIF資金を使って、実現損だけで10兆円(公表数字は5兆円)ほどをユダヤ資本に貢げさせたが、GPIFの未実現損はそれ以上の額に昇っている。

 現在、自民党は、農協改革と称して、JA保有資産380兆円を狙うとともに、日本の農業を根底から破壊しようとしている。インドや中南米で行われた、アメリカ資本のための「農業改革」が日本でも行われようとしている。モンサントやカーギルが日本の農家を小作農に落とし、日本の消費者には遺伝子組み換え作物しか手に入らない社会に置き換えようとするものだ。2〜3の成功事例を引き合いに、農家を契約でがんじがらめにして、種子、肥料、耕作手法まで一手に独占的に供給することになる。初期投資のファイナンスも外資が行う。機会均等を訴え、ISDS条項が控えているからNOといえない。だが、契約農家で利益がねん出できるのは、当初の2~3年だけで、あとは高額のロイヤルティーに苦しむことになる。気象リスク、為替リスクなどはすべて農家に転嫁される。農家の創意工夫は一切許されない。話が違うと申し出ても、あとの祭り。土壌もやせ衰え、インドや中南米の農家では多数の自殺者が出ている。しかも、大量の除草剤やネオニコチノイド系殺虫剤を空中散布するため、周辺住民は重篤な健康被害も被る。消費者もは無関係ではない。遺伝子組み換え作物がいやなら、有機栽培作物を買えばいいではないか?しかし、今後、貧富の差がますます拡大していく中で8割の国民は経済的余裕がなくなる。とても有機作物などには手が届かなくなる。

 安倍首相はペルーで自由貿易の効能を説いた。その中で、「日本は自由貿易の成果で貧困率が下がった」とのたまわったという。とんでもない。東京五輪招致のスピーチで「福島の放射能はアンダー・コントロールされているから安心」とウソをついたのと同じノー天気な発言だ。どんなに統計数字を弄ぼうが、相対的貧困率は急上昇している。家族全員が無理心中、餓死というニュースも珍しくない。これから、日本は国民の8割が貧困に苦しむことになる。有機栽培作物は高過ぎて庶民の手には届かなくなる。しかも、たとえば、豆腐の「遺伝子組み換え」の表示もなされなくなる。それが、アメリカ=国際標準。拒否すれば、ISDS条項をちらつかされる。消費者は遺伝子組み換え作物=自然には存在しない細胞・DNAを持った食物(穀物、野菜、魚、肉)を食べるほかない。それらを取り込んだ人間の体細胞がどうなるか。がん、免疫系、内分泌系の疾患が増えるだろう。既にアメリカでは、黒人に多いがん種が指摘されている。遺伝子組み換えに染まったジャンク・フードが影響していると考えられる。

 そればかりでない。日本の農村風景はモノカルチャーという単一栽培作物が続く大規模農場に変貌するが、台風・長雨・氾濫・地震・津波・火山爆発といった天変地異や農薬耐性菌・害虫といった自然環境の変化に弱くなる。広範囲で不作となれば、これまで以上に輸入に頼るほかない。そのとき、国力の弱った日本では為替も円安に振れている。世界の食糧事情もある。おそらく、国民の需要を賄いきれない。餓死者も稀ではなくなる。

 もうひとつ、駆けつけ警護が容認された自衛隊はシリアなど中東地域へ派遣されることになるだろう。ISISとの戦闘はもちろん、がれきの山となったシリア再建に尽力せよとトランプ大統領が安倍首相に厳命すると、「イエス、サー」と最敬礼で応じるほか選択肢はない。自衛隊員に多数の死傷者が出ることは明白である。

 NYでトランプとの面談を終えた安倍首相の表情は沈んでいた。リマでプーチンと会談後の安倍首相は、事前にマスコミに流した北方領土・二島返還オプションなどの期待はどこかへ飛んで行ってしまったように「難しい」、「一歩一歩」という表現にトーンダウンした。トランプにも、プーチンにも足元を見られ、相手からの要求を唯々諾々と呑むしかない。日本国民の社会保障費を削り、アメリカから高額の武器・ジェット機・オスプレイを大量に買わされ、アメリカに指示されるまま諸外国にODA援助を行い、日本国の借金を増やし続けるばかり、そして、自衛隊員の命と農民の命も差し出すというのだ。プーチンに対しても、領土返還をちらつかされながら、共同経済開発をもちかけられ、カネを出せと脅されている。

 山口県民数十万人の支持をとりつけただけの人間が1億2千万人の命を蔑にしようとしている。それでも、国民は安倍首相を、そして自民党を支持し続けようとしている。この国の民に比べたら、韓国民の方がよっぽど民主主義を体現しているといえよう。


トランプ政権と今後の日本

 ドナルド・トランプが次期大統領に決まって1週間経過した。1年をかけたマラソン選挙戦の最後は、泡沫候補がベテラン政治家を鼻の差で差し切った。マスコミは一様に「予想外」と驚きを見せる。イギリスのEU離脱国民投票のときも、そうだった。結果を見通せなかった「専門家」は、「理性より感情で選んだ」、「ポピュリズム」、「hidden votersの存在(隠れトランプ)」などと言い訳をしている。

 ヒラリー・クリントンの得票数は61百万票に対して、トランプの得票数は6千40万票と60万票も少ないが、獲得した選挙人は290と過半の27020上回った。大統領選と同時に行われた上院でも共和党51議席に対して民主党48、下院でも共和党239議席に対して民主党193とアメリカの政治シーンは共和党色で塗りつぶされた。合衆国国民の半数は8年に及ぶオバマ民主党政権の継続を明確に拒否したのだ。これだけ大きな潮流を「専門家」たちは読み切れなかった。

木村太郎は半年以上前からトランプ勝利を予想した数少ないジャーナリストの一人だった。当時、ヒラリー・クリントンの不人気が民主党対立候補のバーニー・サンダースに対する支持へつながり、他方でフロリダなどカギを握る州における共和党員数の増加を招いていた。サンダースがクリントンを批判すればするほど、民主党支持者の熱意は失われ、アンチテーゼとしてトランプ+共和党の支持層は拡大していった。

 ところが、マスメディアは最後までヒラリー・クリントン勝利を予想し続けた。113日の ロイター/イプソスの世論調査では、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニアなどを含むRust Belt=ラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる米中西部・北東部地域ではNAFTAなど自由貿易協定のために工場の海外移転が加速し、国内雇用が失われているとのトランプの主張が住民の間にも浸透していたにもかかわらず、クリントン優勢を伝えていた。ところが、同じ記事の末尾で別の世論調査(リアルクリアポリティクス)を引用し、クリントンのリードは縮小し、オハイオではトランプが逆転したと伝えていた。

 ヒラリー側の敗因分析では、FBIのディレクターJames ComeyE-mail問題を再燃させたあと、訴追の可能性を打ち消したことにあるとするが、ヒラリー・クリントンが国務長官時代、ベンガジの米在外公館襲撃事件(2012年)の責任をもみ消したときから、機密情報に対する取扱いに疑惑の目が向けられていた。国家の機密情報を公私の区別なく、自宅のサーバーを使ってやりとりしていた。機密情報で私腹を肥やしていた可能性も指摘されていた。もとより、White-water事件やClinton-Foundationにはクリント家にまつわる幾多の疑惑がささやかれている。

 その結果、民主党優位とみられていたミシガンを落とし、オハイオ、ペンシルベニアなどラスト・ベルトを含む、スイング・ステイツでトランプが勝利を重ねて行った。その原動力は白人にある。といっても、日本で流布された低所得・高卒白人ブルーカラーというグローバリゼーションの波に乗れなかった敗者たちばかりが支持層だったわけではない。全米の投票率48%、その7割が白人だった。トランプ+共和党は、大幅に党員を増やしたスイング・ステイツで白人中心とした戦略的な選挙活動を行った。不法移民、イスラム系住民などマイノリティを攻撃し、日本など他国を敵に回し、”Make America Great Again”と連呼した。ここでいう、Americaとは白人コミュニティを指す。トランプの頭の中では、黒人やヒスパニックはアメリカ国民ではないのだ。他方で、ロシアには親近感を示す。白人=コーケイジアンとして同類項だからだ。アメリカ国内の白人はすべてヨーロッパにルーツを持つ。勿論、ロシアからも大量の白人移民が流れ込んでいる。米軍駐留経費負担の問題では、ドイツもやり玉に挙げているが、行きがかり上挙げただけで、日本に対するほど激しくはない。トランプの底意は、日本はメキシコから来た不法移民と同様、善良なアメリカの白人から職を奪い、安全保障のフリーライドしている、狡猾な国なのだ。これが、エリート層を含む白人たちの強い支持につながった。トランプの歯に衣着せぬヘイト・スピーチは白人たちの本音を代弁しているといっていい。

 20年前の1996年、ハーバード大学のサミュエル・P・ハチントン教授はその著書「文明の衝突」で、冷戦構造の終結のあと人種間の争いの時代に突入すると予言した。その中で、日本は東西陣営の狭間で右顧左眄し、最終的には中国側に就くと見做された。背後に、パール・ハーバーがあり、黄禍論がある。ビル・クリントン大統領は、通商摩擦解消のため、日米構造協議を通じて日本経済の弱体化を図った。その延長線上にTPPがある。アメリカの日本社会破壊の最終兵器がTPPだが、トランプはそれも手ぬるいという。安倍政権は自動車など一部の産業を守るが、金融・保険・農業などは英米巨大企業の草刈り場になっていいとを承諾した。原発もGEなどにロイヤルティを支払うために存続させ、再稼働させるほかないが、地域住民が放射能汚染されてもGEなどに一切の責任はないことになっている。あるいは、英米の巨大製薬企業が販売したワクチン接種で副作用が生じても、被害者に対しては日本政府が補償を肩代わりすることになっている。ワクチンにしても、タミフル・リレンザにしても、アメリカ側の要求に応じて、莫大な量を購入させられている。グローバリゼーションは「自由」貿易のはずなのに、小麦も国として、アメリカが要求する価格水準で一定量購入しなければならない約束になっている。あるいは、オスプレイなど防衛装備品についても、アメリカ側から要求されるままに言い値で言われる数量を購入しなければならないし、解禁された武器輸出という形でアメリカから武器を購入して第三国へ無償で支給してあげなければならない。そればかりでなく、アジア、アフリカ、中南米などに対して、ODAという形で何兆円もの援助をしなければならない。これも日米安保に従い、アメリカの同盟国を維持するため、日本が肩代わりする必要があるからだ。一応、借款という法形式をとるが、のちにすべて返済義務を宥恕されている。

 これだけの負担をさせておきながら、なおもトランプが米軍駐留経費の全額負担を要求するのは、本音では日本を盟友とは考えていないからだ。対中国で日本の役割は防波堤に過ぎない。彼によれば、日本の政治家・官僚をびびらせれば、自国民を犠牲に、いくらでも媚を売ってくる卑屈な人種である。原発もアメリカとの密約で廃止できない。福島第一原発一基だけの廃炉費用でも15兆円以上もかかる。日本全国に55カ所も原発がつくられているが、その廃炉費用は一切考慮されていない。そればかりではない。原子力発電所の建屋がある場所・周辺は未来永劫使えない。未来永劫、放射能漏出汚染リスクがつきまとうだけである。北朝鮮からミサイルが着弾すれば日本は壊滅する。ドイツではマインツ大学の20年に及ぶ調査で、原発周辺住民のがん罹患リスクが有意に著しく高いことが立証されているが、日本政府はがん登録制度がないことを理由にデータを開示していない。福島原発事故で東日本でがん罹患リスクが顕在化しつつある。がんの生涯罹患率は2人に1人と発表されているが、この数字は3人に2人に近づいている。若くしてがんを発症する人も増えている。厚労省がいうように必ずしも高齢化だけが要因ではない。

 安倍政権は戦後史上、もっとも親米の傀儡政権である。トランプ大統領の下では、いよいよ露骨に保身を図るだろう。すでに年金改革法案は衆議院を通過した。年金の受取額は年15万円ほど減額される。多くの若者は知る由もないだろうが、民間企業従事者が退職後年金生活に入った場合、年間受給額は2百万円ほどである。ここから、15万円引き下げられるのである。デフレだからと引き下げられ、さらに賃金が下がっているからと引き下げられる。デフレでも野菜など食料品価格は上がっている。消費税も10%に引き上げられるが、そこでとどまるわけではない。さらに15%までは一本道となる。しかも、政府・日銀はインフレを志向している。モノの値段を引き上げようとしている。貯金は目減りする。そうなると、円安で輸入品価格も上がり、公共料金も引き上げられる。最近、メルク、GSK、ファイザーなど外資系メガファーマのCMでわかるように、日本政府に働きかけ、補助金を出させて高齢者にワクチン接種を奨めている。これも税金である。小野薬品・BMSのオプジーボに法外な薬価をつけさせ、すぐにその競合薬の承認申請をしている。アンカーリングという手法である。オプジーボの価格が目安となるから、薬価を高く設定できるというわけだ。まさにアメリカ型医療の典型が導入されようとしている。過去に公務員だった人々を除き、多くの人々の老後は悲惨なものにならざるをえない。(厚生年金保険料は所得の上限が低いため、公務員に比べ受給額は著しく低い。このため、過去において民間では、大企業を中心に確定給付型年金+厚生年金基金で受給額を増やしていたが、運用損でほとんどすべての厚生年金基金は解散し、確定拠出型に切り替わってしまった。若い人たちは年金で老後生活は維持できない。これから原発の廃炉費用も電気料金にオンされる。老後の働き口もない。)

 

 トランプ旋風ではっきりしたことは、アメリカ国内が分断されているということ。トランプは減税などによって、白人層の所得を引き上げる政策を強行に推し進めるだろう。その結果、アメリカ国内の黒人・ヒスパニックなどマイノリティーの生活はますます困窮する。アメリカに進出した日本企業については、すでにオバマ政権下でも、カルテルなど談合疑惑をおとり捜査によって厳しく暴き、多額の懲罰金を課すと同時に、駐在員を帰国させても召喚し、刑務所に収監しはじめている。トランプ大統領の下では、過小資本規制など日系企業に対するバッシングを強化するとともに、TPPで合意した内容以上に厳しいテイクを要求するだろう。日本国内でも、官公庁の入札にあたって談合がささやかれることが多いが、TPPでは、そのすべてが俎上に上り、応札できなかった英米企業が日本国を訴え、アメリカの息がかかった国際裁判を通じて得べかりし利益を支払わされるとともに、嫌疑がかけられた日本企業のアメリカ子会社にも課徴金がかけられるだろう。つまり、アメリカは自由貿易を謳いながら、国内向けは実質保護主義を推進し、日本市場に対してはすべての非関税障壁を撤廃させ、米企業に有利にアクセスさせるよう強く要求してくるはずだ。

 今回、隠れトランプの存在が指摘されたが、隠れトランプ同士は事前にインナーサークルで交流し、トランプ勝利を確信していただろう。白人の中・上流層はネットやSNSで監視されていることを熟知している。世論調査であっても、後日追跡されるリスクがある。つまり、調査会社を通じて、個人情報が漏出していくことを危惧している。先に上げたロイターの調査でも、自らを不法移民であるとしながらトランプ支持者であるといった不可解なレスポンダーもいたと指摘されている。今後、この傾向がますます強まるだろう。ビッグデータ収集といいながら、個人データを商品として再利用しようとする調査会社の方に問題があるからだ。詐欺から国家による介入まで無限のリスクを引き受ける覚悟がないと正直に答える人はいない。サンプルによって母集団を推測しようとする世論調査は役に立たなくなった。それに代わって、ネットから個人情報を収集し、スティルス的に分析し、個々人をターゲットにする選挙戦術が実施されるだろう。ネットのバックドアから秘密裡に情報取集できる現政権が大衆を自在にコントロールしていく姿が近未来の選挙戦術ということになるだろう。安倍政権は長期政権となるはずだ。


Tears In Heaven  Eric Clapton

Would you know my name if I saw you in heaven?

お父さんも天国に来たよ 誰だかわかってもらえるかな (天国にいるはずなのに涙が流れてくる)

 

Would it be the same if I saw you in heaven?

天国でも 以前のようにお父さんの子供のままでいてくれるかな

 

I must be strong and carry on

めそめそなんかしていられない 父親として強く生きなきゃって思うのです (その時が来るまでは)

 

'cause I know I don't belong here in heaven

なぜって お父さんもまだ天国の住人ではないって わかっているから

 

Would you hold my hand if I saw you in heaven?

でも お父さんが天国の住人になったら 手をとって

 

Would you help me stand if I saw you in heaven?

この老いぼれを立たせてもらえたら ありがたい

 

I'll find my way through night and day

そのときまで お父さんは眠れない夜と昼をなんとか耐えて生き抜くつもりだよ

 

'cause I know I just can't stay here in heaven

なぜって お父さんはまだ天国に居続けるわけにはいかないとわかっているから

 

Time can bring ya down

生きていれば打ちのめされる時もあるし

 

Time can bend your knees

立ち上がれないほど打ちひしがれる時もある

 

Time can break your heart

どうしようもないほど悲嘆にくれる時もある

 

Have ya beggin' please beggin' please

そんな時は 神様どうかお願いです 助けてください と祈る続けるしかありません・・・(あの日がそうでした お父さんたちはなんとか 君の命を救ってくださいと神様に祈りつづけました)

 

Beyond the door there's peace, I'm sure

あのドアの向こう側にある天国に行ければ どんなに楽かと思います

 

And I know there'll be no more tears in heaven

だって 天国ではもうこれ以上涙を流すこともないんだから (だから すぐにも天国に行って君に会いたい 抱きしめたい)


葛西りまさん、13歳の笑顔

  青森県黒石市は人口35千人ほどの小さな町。浪岡中学校は黒石市の北部、青森市と弘前市の中間点に位置する。「葛西りま」さんは、825日朝、JR奥羽線北常盤駅で列車に飛びこむまで、浪岡中学の2年生だった。享年13歳。

  黒石よされという「流し踊り」祭が815日から20日まで開催された。この祭りをテーマにした写真コンテストが企画され、応募した写真の中に「葛西りま」さんの遺影があった。カメラマンは「りまさん」と面識はなく、偶然の出会いが印象的な写真として残った。「表情の明るさ、漂う熱気、精いっぱい楽しむ姿にひかれ」てシャッターを押したのだという。コンテスト主催者側の目にもその素晴らしさが伝わったのだろう。8つ設けられた賞のうち最高の黒石市長賞が授与されることになった。1010日ごろ、遺族に連絡したところ、主催者側は被写体の自殺を知る。そこで異論が噴出した。須藤重昭・元黒石観光協会長の「写真が公になり、さまざまな臆測が出ることを懸念した」という声に押され、村上信吾・大会実行委員長(黒石商工会議所会頭)らが内定取り消しを決定、黒石市長の高樋憲も了承し、遺族に授賞撤回が伝えられた。

  主催者側から遺族に伝えられたキャンセルの理由は「(自殺した人の写真は祭りの趣旨に)相応しくない」ということだったという。「りまさん」の49日に届いた内定通知に「娘が生きた証」になると喜んだ家族は一転悲嘆にくれた。それをきっかけにマスコミ報道が過熱することになった。

 遺書が遺されている。小学校時代から「手踊り」が得意で、チームの一員として東京で開かれる全国大会への出場も決まっていたらしい。その仲間に詫び、家族に詫びている。鉄道自殺では遺体の損傷が激しい。そのこともわかっている。「綺麗な死に方すらできないけど 楽しい時もありました。」とスマホに打ち込んでいる。

 遺書には「特別虐待があったわけでもない」とあるが、報道によると、

・トイレで暴力を振るわれ

・所持品をゴミ箱に投げ入れられ

・答案用紙を黒板に貼られ

・おカネを奪われ

・うそをばら撒かれ

・万引きを強要され、拒否すると殴られ

・部屋を荒らされ

・自殺の練習をさせられ

といった「いじめ」が繰り返されていたという。

 

  このような非道な「いじめ」は浪岡中学に入学後、始まったらしい。親も学校に相談していたらしいが、当時の担任(13組)の岡本知恵教諭、24組担任の駒井陽子教諭、校長の齋藤実氏らは見て見ぬふりを続けたらしい。この校長は「葛西りまさんは死にました」と生徒らに伝えたという。人間として一片の呵責も感じられない無機質な言葉に唖然とするが、この学校では「りま」さんの死後も全校を上げて「いじめ」を繰り広げている。なんと通常通り文化祭「浪中祭」を開催し、いじめ主犯格の工O千江梨に英語スピーチをやらせたいうのだ。同級生を死に追いやった「いじめグループ」の工O千江梨/成O吏那/有O空/山O瑠花/工O青馬/千O倫太朗/山O陸人らに反省の機会を持たせる意味で、喪に服させなければならない期間である。しかも、この浪中祭の催しとして、故人が愛した「手踊り」を披露させたというではないか。

  この校長は(学校経営)理念として哲学者(教育者)森信三の言葉を掲げているが、生徒を死に追いやっていながらなんらの反省もなく、時宜も弁えず学園祭を開き、学校を生徒の魂を救えない不浄の場とし、保護者に対して無礼な態度は人倫に悖るといわなければならない。「時を守り 場を清め 礼を正す」という言葉を生徒に垂れる前に自戒すべきだろう。

  13歳といえば、物心ついてから10年も経っていない。いじめた側も、いじめられた側も世の中のごく一部分しか経験していない。

いじめっこらの中には家庭でDVを受けていた子もいるだろう。小学校時代、いじめられていた子らもいるだろう。「やらなければ、逆にやられる」という思いもあっただろう。こうした短絡的な激情を後押しするモンスター・ペアレントを持つ子らが「いじめっこ」になることが多い。モンスターが背後についていると思えば、教師たちのいじめっこ対応も及び腰とならざるをえない。子供たちは教師のビビる心を見透かしている。ましてや、臭い物には蓋がモットーの校長の下にあっては、「見て見ぬふり」をするどころか、「自殺の練習」の手助けをする教師もいたかも知れない。過去にそうした事例もあった。この学校には「悪魔の学校」というレッテルが貼られているというネット情報もある。

  この種の「いじめ自殺」は後を絶たない。多くの場合、学校ぐるみ、地域ぐるみで「いじめられっこ」を自殺に追い込み、事前に相談を受けていたにもかかわらず、学校は「いじめはなかった」ことにして野放しにするのが常である。だから、ますますエスカレートする。しかも、いじめっ子のバックについているモンスター・ペアレントたちは校長・教師と一体となって、いじめを苦にした生徒が自殺した後も、執拗に自殺した生徒やその家族に罵詈雑言を浴びせる事例が多い。利害が一致する運命共同体となるからだ。

  なぜ、こうした悲劇が繰り返されるのか。世の中にはサディストという人種がいる。いじめっこのDNA、育てられた環境、すなわち、右脳、前頭前野、扁桃体を結ぶネットワークが断線しているか、その活性が弱ければ、他人が苦しむ姿を快感に思う人種が生まれる。オキシトシンの分泌が弱く、他人を思い遣るこころも持てない。しかも、性ホルモンの分泌が高まる思春期には、心身ともにアンバランスとなる。DVを受けている子供の場合、学校でその代償行為のターゲットを探す。教師にはいじめをコントロールする能力はない。そうした生徒同士が性ホルモンに操られ暴走し出すと、そのうねりは集団を巻き込んでしまう。そこには知性は働かないから、「いじめはしないように」と言葉で言っても通じない。(浪岡中学の担任教師は、生徒たちに「いじめると自殺するかも」と言っていたとされるが、無神経にもほどがある。)子供たちには猛り狂った情動しか働かない。といって、教条主義のリーダーの下では、教師たちは「形だけの」マニュアル教育に忙しく、いじめっこたちを矯正しようとする熱意・動機などあろうはずもない。自らの教師人生が大過なくいくようにという打算しかない。(これも保護者・生徒たちに見透かされている。)いったい、今年に入って何人の中高生たちが自殺もしくはリンチ殺人の犠牲者となっただろうか。

  だいぶ昔の話になるが、わたしの子供も小学6年生の転校後間もなく、いじめに逢った。いじめはエスカレートする。エスカレートする前に対策を講じなければトラウマとなって一生苦しむことになる。そのように考え、学校を休ませることにした。学校から「いじめはやめるように指導しましたので登校させてください」と依頼があったが、無視した。重要なことは、同級生たちからどんな誘いがあっても乗らないことである。「いじめ」は必ず再燃する。いじめっこらには、いじめた快感が集団の記憶として残っている。校長と担任と面談した結果、人格・能力の観点で不信感以外懐かなかった。彼らに任せても解決するはずがない。当然、いじめっこたちと同じ中学校へ通わせるわけにはいかない。校長は無責任にもしきりに「公立」を奨めたが、「はい、はい」といって取り合わず、遠くの私立に行かせた。その後、子供は一度もいじめに逢うこともなく、勉強に部活に楽しい学園生活を送ることができた。いい私立(学校にもよるが)は父兄の評判を気にするから、いじめっこは退学させられるが、公立の教師は教育委員会を気にするだけである。

  「いじめ」は日本だけの問題ではない。世界中で起きている。教師にも止められない。だとすると、最後の砦は親しかない。いじめがエスカレートする前に地域社会と訣別させる覚悟がいるだろう。学校を離れても、いじめっこらはスマホやSNSで執拗につながりを持とうとする。転校しても、次のターゲットを見つけようとする。いじめられっこの友人がそのターゲットとなるケースが多い。そして、その子から、転校後の情報を聞き出そうとする。その輪を断ち切らなければならない。それは親にしかできない。

  現代日本では、「いじめ」、「ストーカー被害」、「DV」に対して、学校・警察・社会福祉事務所といった公的機関ではほとんど解決できない。自力救済が認められていない以上、被害者は孤独の中で恐怖に苛まれながら、ただ死を待つのみなのだ。(だからこそ、アメリカでは弱者が銃で自己防衛する必要性が銃犯罪のリスクを凌駕している。)その中で、唯一、親だけが「いじめられっこ」のsafe havenとなり得る存在なのだ。ただし、親に迷惑をかけたくないと思う、芯から心優しい子供は黙って死を選ぶことになる。

 写真の中の「りま」さんの笑顔は泣き顔にも見えてくる。今生最期の手踊りと心に決め、必死の笑顔をつくっていたのかも知れない。あなたの魂の叫びが聞こえてきました。https://www.youtube.com/watch?v=JxPj3GAYYZ0

Please rest in peace.


乳と卵−性がつなぐ未来に何があるのだろうか?

 受精卵となったとき、性染色体はXXXYのいずれかに決定される。生物学的に女もしくは男としての「生」がスタートする。女の子の場合、お母さんのお腹の中にいるとき、原始卵胞の数が700万個もあり、それがおぎゃあと生まれるときまでに100万個まで減ってくるという。その後も思春期に10万個、アラフォーで1万個という具合にどんどん減り続けていく。生理1回で1000個の原始卵胞が減少していくという計算らしい。50歳前後で閉経する。つまり、卵巣の中の卵胞が消失し、永久に月経がストップする。

 川上未映子「乳と卵」に出てくる3人の女性。姉の巻子とその娘、緑子とわたし。終始、わたしの脳が語り続ける。この小説家に新海誠が魅かれた訳がわかるような気がする。

 場末のスナックでホステスとして働くシングルマザーの巻子。声を出さず、筆談でしか返事をしない緑子。「お母さんが心配だけど、お母さんみたいになりたくない」でも、お母さんを助けたい。でも、こわい、くるしい、生まれてこやんかったら、よかったんとちやうんか・・・。

 女は卵子をつくるために生まれ、ひたすら受精を待ち、子供を産み、育てるためにお乳を出すしかないのか。太古からそういうふうに定められてきた。そんな「不条理」を受け容れられない娘の緑子は気が付くと自分も女だった、それが嫌で嫌でたまらない。40歳にして驚くほど痩せ衰え、cachexicでさえある母親は「がん」であることを暗示している。それなのに豊胸手術を受けたいという。男?いや、そうではない。「お母さん、ほんまのことゆうてや」、緑子は絞り出すような声で云う。母親は云えない。豊胸は女としての願いだが、口実に過ぎず、娘を実の父親に託しに来たのだろう。でも口には出せない。二人は泣きながら卵を自分の頭にぶつけ割り続ける。何個も何個も。周囲は割れた卵の黄身、白身、殻で惨憺たる状況。「わたし」は黙ってそれを見ている。消費期限切れ寸前の鶏卵は無精卵。貧しく、生きていくのがやっとの3人。ミトコンドリアは同じ。

 これからも、昨日までの人生を引き継いで生きていく(つもり)。でも、巻子が「がん」で亡くなったあと、緑子はどうなるのだろう。学校でのいじめはどうするのだろう。誰も助けてくれない。登校拒否。中卒で水商売に入り、お母さんと同じシングルマザーの道を辿るのだろうか。「わたし」も閉経が近い。新しい仕事は水商売だろう。社会では3人とも弱者でその存在を否定されている。崖っぷちの「人生」を生きている。「なんのために・・・生まれてきたの?」

 

 男も同じだ。なんのために「生」があるのか。「性」のため、女を受精させるため?女の乳房で興奮するようにできている。男根主義などという言葉で誤魔化す必要もない。扁桃体をノックアウトしたサルは、食欲と性欲しかなくなるという。ひたすら食べて、セックスする。東大でも慶應でも、男子学生が集団で女性を襲って何食わぬ顔をして日常生活を送っている。いや、学生だけに限らない。すべての世代で地位も名誉も関係なく、男も女も盛りのついた猫のように異性を求めて猛り狂っている。男性ホルモン(女性ホルモンも男性ホルモンからつくられる)とドーパミンに支配された社会。こんな世の中に生まれた子供たちはみんな、緑子のように「生まれこやんかったらよかった」とつぶやいているかも知れない。それは昔のように単なる思春期のメランコリイではなく、「生」と「性」が露骨にゆがめられ、誰しもが明日は電車に飛び込むか、殺されるか、わからない不条理が支配する社会の中にいることに感ずいている。少子化はそうした時代の空気を反映した結果だ。

 オランダでは、20代の女性が安楽死した。幼少期にレイプされ、トラウマとなって苦しみ続けてきた。両親も医者もその苦しみを癒すことができなかった。(Netherlands Sex Abuse Victim With ‘Incurable’ PTSD Allowed To Die By Euthanasia)ベルギーでは安楽死に年齢制限がない。10代の女性が安楽死した。ベルギーのパラリンピアンで金・銀メダリストMarieke Vervoort37歳)は来年の安楽死を公言している。カリフォルニアではALSで苦しんでいる41歳の女性が安楽死を選択し、お別れのパーティを開いた。

 日本でも安楽死の法制化が検討されている。群馬大学腹腔鏡手術殺人事件、相模原障害者殺人事件、大口病院連続殺人事件と、時代は優生思想に傾いている。安楽死法は悪用・濫用されるだろう。だが、この時代の流れはいかんともしがたい。


がん代替療法について

  10月に入り、街にはちらほらハロウィーンHalloweenの装いが見え隠れし始めた。その起源について諸説あるが、古くケルト人たちが冬の到来を告げるお祭りとして10月末に行ったのが始まりとする説が有力だ。16世紀末に発表されたシェイクスピアの喜劇『ヴェローナの二紳士』(The Two Gentlemen of Verona)にも出てくる。日本にもディズニーランドの催しとして輸入され、クリスマス、ヴァレンタインズ・デイなどともに季節的行事として浸透している。ハロウィーンのコンセプトとしては、亡くなった人々の魂との交流である。悪魔、ミイラ、妖怪、妖精に扮した子供たちが家々を訪問し、トリック・オア・トリート(Trick-or-treat)と叫ぶ。トリック(悪さ)されたくなければ、「お菓子をくれ」と要求する。エンターテインメントの形式をとっているが、元来、今は亡き人々に対する鎮魂祭である。こうした祭事は世界中にある。日本ではお盆がそれに相当するだろう。

 さて、2008年、Trick or Treatment?(トリック・オア・トリートメント)という本が刊行された。副題にAlternative Medicine on Trial「代替医療を裁く」とある。著者は、Edzard Ernst and Simon Singh。代替医療も手掛けた経験を持つ医学部教授とサイエンス・ライターのコラボ作だ。日本では2010年に「代替医療トリック」(新潮社)として訳出され、2013年に「代替医療解剖」(新潮文庫)として文庫本化された。どちらの日本語タイトルでも原題のエスプリが消えているのが残念だ。「インチキ医療で本当にいいの?」というのが原題の含意だろう。

 さて、前回のブログ・エントリーで標準療法こそ「がん」を悪化させ、悪液質を招く元凶だと指摘した。その理由を一口でいえば、手術、抗がん剤、放射線という三大療法のすべてが身体を傷つける(侵襲的=invasive)ものだからだ。

 しかし、現代日本では、がんが見つかったとき、患者本人や家族が標準療法以外の(補完)代替医療(CAMComplementary and Alternative Medicine)を選択することは困難である。医学界が定めた標準的なプロトコルを事実上「強制」されるからだ。「残念ですが、あなたは『がん』に侵されています。ステージはOOです。」と告知され、OOに機銑犬入れられる。そして、ステージ鍵奮阿任△譴弌⊆蟒僂塙海ん剤が奨められる。「ステージが若ければ、完全寛解も期待できます。抗がん剤でがん腫瘍を小さくして切除し、術後にも抗がん剤で残ったがん細胞を死滅させることができますから。抗がん剤も日進月歩でいいものが次から次へ開発されていますので、大丈夫です。納得されましたか?『患者様』」とインフォームド・コンセント文書に署名させられる。この時点で、エツァート・エルンストとサイモン・シンが信奉する「標準療法」を拒否できる患者が何人いるだろうか?

 しかし、主治医の説明には多くのトリックが含まれている。現在、使われている主要な抗がん剤のほとんどは4050年前に開発されたものである。当時、がん治療薬はなく、どうせ死亡するのだからと、アルキル剤(マスタード・ガス成分)を主とする細胞毒を処方したのが抗がん剤の始まりだった。現在に通用する二重盲検ランダム化比較臨床試験など実施されたか疑わしいまま、ガイドラインに取り入れられた。投与後28日間以内に腫瘍体積が半分に縮小すれば抗がん剤として効果があったとされ、薬として承認されるが、その割合は100人中20人でOKなのである。つまり、8割の人には効かない。しかも、効いたとされる2割のがん患者にも延命が約束されたわけではない。多くの場合、5週間目以降、リバウンドして腫瘍が大きくなるか、他臓器に転移してしまう。ただし、悪性リンパ腫など血液のがんなどごく一部のがんには抗がん剤が効く場合もある。固形がんには効かないどころか、正常細胞を傷つけ、悪液質を招く。

 たしかに、手術、抗がん剤など標準療法を受けた後、回復した人も身近に存在するが、そうした人々が「本当のがん」だったのか、疑問がある。身体の中にできた「おでき」や「吹き出物」の可能性も否定できないからだ。「悪性/良性」の判定に絶対的なものはない。また、そう考えなければ、全身にがんが転移して明日にも死ぬと言われた人が奇跡的に寛解するはずがない。(故筑紫哲也氏と同じ時期に末期がんと診断されホスピス送りとされた(朝日新聞の)先輩の方が元気に生存されておられると立花隆氏がどこかで書かれていたと記憶している。ただし、奇跡的に免疫力が回復するケースもあると思われる。以下に述べるように現段階ではプラセボ効果と呼ばざるをえない「劇的寛解=Radical Remissiont」と呼ばれるケースだ。)

 

 さて、がんに対する標準治療を拒否した場合、がん患者として「放置療法」しかないのだろうか?前掲の「代替医療解剖」は、代替医療はインチキだと断罪する。ホメオパシー、鍼、カイロプラクティック、結腸洗浄、鍼灸、漢方薬などは、「科学的根拠に基づく医療」(EBM : evidence based medicine)という現代医療のプロトコルから逸脱していると主張する。代替医療が「代替・補完」の位置づけに留まっている理由は、二重盲検ランダム化臨床試験という手続きを経て客観的・統計的に証明されていない以上、科学的とはいえないからだ。がんについていえば、免疫・ワクチン療法、温熱療法、ゲルソン食事療法(無塩食、動物性蛋白質摂取制限、ω3以外の油脂摂取制限、新鮮な有機野菜ジュース・スープなど)、アーヴェルユーダ、漢方薬・ハーブ、サプリメント、ヨガ、レイキ、マッサージ、アロマθェラピー、BRMBiological Response Modifier;アガリクス、カワラタケなどキノコ、サメ軟骨、フコダイン(海藻成分)、カテキン、納豆、乳酸菌、黒にんにく、プロポリス(蜂蜜)、レートリル(ビワに含まれるアミグダリン)、etc.}などが実践されている。これらのがん代替療法の有効性は科学的に証明されていない。(ただし、オランダでは放射線+温熱療法の比較優位が確認されている。)

 果たして、これら標準療法以外の療法にはまったく効果がないのだろうか?イギリスのチャールズ皇太子をはじめ、有名人たちの中には代替療法を強く支持する人々もいる(俳優のスティーヴ・マックイーンはがんをレートリルで治そうとして亡くなった。)WHO報告書では一部の鍼灸療法の有効性を認めている。「代替医療解剖」の著者たちも、一定の効果を認めているものもあるが、それはプラセボ効果に過ぎないと主張する。

それでは、プラセボとはどうして起きるのだろうか?白衣の名医が高級感のある緑色のパッケージの薬を処方すれば偽薬であっても症状改善効果が認められる。11錠よりも2錠服用と処方された方が効果が高い。条件づけられた期待効果というべき心理的なものだ。

 ケリー・ターナー著「がんが自然に治る生き方」(プレジデント社)では、ブラジルで神様のジョンと呼ばれる人物の下にがん患者らが全世界から集い、スピリチュアルなプラクティスを通じて難病を克服しようとしているケースが紹介されている。生活様式、食事内容を見直し、心と身体のバランスの崩れを矯正しようというものらしい。「何を飲食するか、運動は?睡眠は?量は?質は?」と自分に問いかけ、ストレスや怖れを除去し、愛や幸福感を感じられるようにすれば、一人一人が生きる力を自らの内側から引き出すエンパワーメントを得ることができるというものらしい。

 がんの自然退縮はプラセボ効果の極限にあると思う。スピリチュアリティ云々といえば、胡散臭くなるのは否定できないが、私たちは日常生活で霊的な感動を経験している。集中力が増し、モノゴトがゾーンに入ったように進むとき、亡くなった肉親に夢で邂逅したり、オーロラなど自然の神秘現象を生で体験したり、など自らの霊性が高まる奇跡のような体験。

 デカルトがすべての存在を疑問に思って辿り着いた結論は、そのように疑っている自分の存在は疑えないとするものだった。そこでいう自分とは形而上的な「精神」である。しかし、その精神とは、肉体というハードウエアに依存する。目、鼻、耳、舌、皮膚といったセンサーの精度次第で感応の有無・程度が変わる。いいかえれば、個々人で異なるし、同じ人でも健康状態によって変わる。そうした入力装置だけではない。視覚や聴覚でとらえられた外部刺激は神経を伝わり、脳に届くが、刺激によって反応する部位が異なる。外部刺激は電気信号(カリウムイオン、ナトリウムイオン、塩素イオン)に変換され、それぞれのイオン・チャネルをドミノ式に伝わり、ニューロンの軸索接合部位であるシナプスに到達する。そこでグルタミン酸やγアミノ酪酸(=GABA)という化学物質を介した伝達方式に切り替わる。そこでの受容の有り方、すなわち、NMDAなどの受容/グリア細胞の働き次第でアウトプットが変わる。つまり、神経伝達経路がどこかで断線していれば、物理的に存在していても、「ない」ことになってしまう。あるいは、自分には「赤」に見えていても、他人にどう見えているか、わからない。味と同じだ。他人の味覚も永久にわからない。

 デカルトが精神と肉体を区分して、自分の精神=心という実体を認識の出発点とし、肉体を機械と見做したことで、科学は人間を生物機械とする(要素)還元主義に陥ってしまった。DNAが発見され、ゲノム解析が行われ、がん細胞の分裂周期に合せた抗がん剤が開発されたが、DNAには様々な修飾がなされている。DNAが巻き付いているヒストンにも修飾がなされている。クロマチンが緩んでいる箇所があれば、凝縮している箇所もある。科学がやってきたことは、ひたすらミクロを覗きこみ、様々なモノや活動に名前を付けて分類したに過ぎない。言葉の世界でだけ通用する論理式に従って仮説を作り続けてきただけだ。子宮頸がんワクチン禍についても分子量の大きい物質はBBBを通過できないから、アジュヴァントに含まれるアルミニウムや保存剤のチメロサールは脳には影響しないと言われたものだが、インスリンも通過するし、アンフェタミンも通る。トランスセリンレセプターなどの受容体と結合すれば分子量が大きくても脳内に侵入できることがわかっている。

 がんに関していえば、インターフェロンも、イレッサも、オキサリプラチンも、アバスチンも(そして、オプジーボも)、画期的新薬と言われたが、目論見通りにはいかなかった。それはたぶん、ヒトを精神と肉体に分けるという発想の限界を示している。魂の発現場所が脳だとすると、そこへのアプローチなしにはがん治療の将来はないだろう。ドーパミン、エンドルフィン、セロトニン、オキシトシンなどのホルモン(下垂体−視床/内分泌系)と血液・免疫機構(マクロファージ、マスト細胞、T細胞、B細胞など)、ユビキチン・プロテアソーム/オートファジー・リソソーム機構、神経伝達系のすべてを考慮に入れなければ、有効な解決法に至らないだろう。現段階ではとても無理だ。そうだとすれば、プラセボ効果の解明こそ優先すべきだろう。


抗がん剤とオプジーボはバッティングし悪液質を招くだけ

 このところ、「がん」が話題とならない日はない。がん保険のCMでは、「19歳のときがんが見つかりました。がんになって、いい子をやめました」という山下弘子さん(24歳)、咽頭がんで声帯を摘出した“つんく”氏(47歳)が登場している。市川海老蔵の奥さんである小林麻央さんは33歳の若さでステージ4の進行性乳がんに罹患しているという。北斗晶さん(49歳)も乳がんで闘病中であることを公にしている。マスコミによると、いずれも標準療法(手術、化学療法、放射線)を選択しているとされる。(但し、ステージ4の患者の場合、周囲組織への浸潤、遠隔転移が確認されているため、原則として手術は選択肢とされない。)

 昨年924日、女優の川島なお美さんが54歳で亡くなった。肝内胆管がんだった。抗がん剤治療を最期まで拒んだという。今年の99日、一周忌を前に夫の鎧塚俊彦がテレ朝「徹子の部屋」に出演し、「女房のことに関して言えば、僕は抗がん剤はやらなくて正解だったと思いますし、本当に最後まで女房は頑張って幸せだった」と語った。鎧塚夫妻著書『カーテンコール』(新潮社)の中で、決断に至った経緯が述べられている。主治医から、抗がん剤治療しか打つ手はないが、余命1年には変わりませんと宣告され、「(抗がん剤の)副作用にも耐え、抗がん剤治療を行う意義がどこにあるというのでしょうか?人としての尊厳を傷つけ、女房にとってすべてでもある、女優としての生き方にも支障をきたす抗がん剤治療に。要するに、現代医学では抗がん剤治療しか施せる術(すべ)はなく、万が一の可能性に賭けましょうということでしかないのです」と判断されたという。

 「徹子の部屋」で最期を振り返り、夫婦二人きりになって「『今日は徹夜だな』なんて言って、『2人でゆっくり過ごそうな』なんて。もうその時意識がなかったんですが、その途端っていう感じですね。・・・女房は僕の手をしっかりと握り締めて、体を起こして僕の顔を、目をしっかりと見てですね。最後もうほっと一つなんか魂を吐くように息をしたかと思ったらすっと…」、天国に召されたという。

 鎧塚ご夫妻は正しい選択をなされたと思う。抗がん剤を中心とする化学療法を受けた末期がん患者はモルヒネなどオピオイド系鎮痛剤も効かず、苦痛に喘ぎながら悲惨な最期を迎えるからだ。がん(性)悪液質と呼ばれ、体中の組織が非可逆的に自壊していく過程を通らなければならない。もちろん、がん細胞の増殖も一因ではあるが、抗がん剤による骨髄抑制など正常細胞が機能を喪失した結果である。5FU(乳がん治療などで使われる抗がん剤)などでRNAが破壊されたため、アルブミンなどタンパク質が正常につくられなくなる。そうなると、血管が浸透圧を保てなくなり、水分を吸収できない。腹水、胸水が溜まり、身動きのとれない患者を圧迫する。造血幹細胞が破壊され、古い白血球、リンパ球が暴走し始め、様々な(炎症性)サイトカインを放出する。がん細胞からもサイトカインが放出される。インターロイキン、インターフェロン、TNF−αなどが体内で自己組織を攻撃する。がん性(神経性)疼痛にはモルヒネも効かない。薬剤耐性といわれるが、そのメカニズムはわかっていない。モルヒネの大量投与は胆のうを破壊する。

 ところで、「がんが自然に治る生き方」(ケリー・ターナー著プレジデント社201411月)という本がアメリカで発売と同時に米アマゾン“がん部門”1位になり、NYタイムズ・ベストセラーに選ばれた。日本でもベストセラーとなっている。https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%8C%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AB%E6%B2%BB%E3%82%8B%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9%E2%80%95%E2%80%95%E4%BD%99%E5%91%BD%E5%AE%A3%E5%91%8A%E3%81%8B%E3%82%89%E3%80%8C%E5%8A%87%E7%9A%84%E3%81%AA%E5%AF%9B%E8%A7%A3%E3%80%8D%E3%81%AB%E8%87%B3%E3%81%A3%E3%81%9F%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8C%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B9%E3%81%A4%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8-%E3%82%B1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC/dp/4833421070

 医者から余命宣告された「がん患者」が自然治癒する事例が世界各地に数多くあることを知った著者がそうした事例を徹底調査・分析して生存者たちが実践する「9つの習慣」にまとめたものである。医者側からすると、奇跡的にがんが自然退縮したというほかなく、診療収入につながらないため、他の患者に「偽りの希望」を与えるという理由で公にされることはほとんどなかったという。しかし、世の中には、がんの自然退縮を研究した医学論文も存在する。著者はそうした論文を1000本以上分析して、自然退縮への道を探っている。

 現代の西洋医学はデカルト的な物心二元論に依拠している。すなわち、肉体と精神は別物として扱い、がんは遺伝子のコピーミスによって引き起こされる肉体的なものだとする。悪性新生物である「がん」に対する標準療法である手術、抗がん剤、放射線のいずれもが正常細胞も傷つける。がんの再検診で行われる生検でもがん細胞の切り取り方次第では、がん組織から体内へがん細胞をまき散らす可能性がある。マンモグラフィ、CTPETも重篤な放射線被曝を招いている。そもそもがん細胞は目に見えないほど小さい。放射線画像で白く写ったからといって、がん細胞がそこだけに局在しているわけでもない。細胞診・組織診でもがん細胞の異形度・未分化度など病理医の判断は主観的なものに過ぎない。しかも、抗がん剤、放射線(手術の前後に放射線を照射して「がんを小さくする」という施術が一般的だから手術も)は骨髄抑制を伴う。がん化を抑制する免疫システムの根幹はT細胞であるが、骨髄抑制で死滅する可能性もある。(ところが、骨髄抑制の指標として、多くの病院で好中球数しか見ていない)つまり、標準療法では、ヒトの免疫システムを破壊する。

 今話題のオプジーボは結局、NK細胞やキラーT細胞(CTL)という免疫細胞(リンパ球)にがん退治をやってもらおうという考え方に立っているが、シスプラチンやカルボプラチンといった白金系抗がん剤と併用することになっている。免疫細胞の力を借りようとしながら、抗がん剤で免疫細胞を殺すか弱らせるという矛盾。オプジーボの薬価が問題とされているが、そもそもその薬効にも疑問符がつく。奏効率は2割ほどしかないからだ。副作用も気になる。重篤な自己免疫疾患が予想される。それでも「画期的」といわれる所以は、他の抗がん剤がもっと効かないというに過ぎない。統計上、p値にはそれほどの意味しかない。薬価が高く設定された背景にはTPPがある。日本の小野薬品(とBMS)を当て馬にして、英米メガファーマが特許権を盾に高額医薬品を次々と日本に上陸させようと目論んでいるからだ。そういった遠謀深慮のためには中央社会保険医療協議会総会をコントロールするぐらい朝飯前だろう。医薬品の開発費が膨大だという理屈は通らない。開発費よりもマーケティング費用がはるかに大きい。中でも裏金を含め、ロビー活動に費やされる金額は天文学的だといえよう。ノバルティスのディオバン(バルタルサン)、タケダのブロプレス(カンデサルタン)といったARB降圧剤で両社がどのような詐欺的行為を行ったか、そして、それにどれほど費用がかかったか。

 がんは西洋医学では太刀打ちできない。神経系、免疫機構、内分泌系などホーリスティックに対応していかなければ無理だ。笑えばNK細胞が活性化されるという事実はカルトでもなんでない。受精卵に由来する自己細胞が異型化したがん細胞は単純な免疫細胞療法やワクチン療法でも攻略できない。がん細胞が増殖したという事実は本人の免疫系が阻止できなかったということにほかならないからだ。しかも、これまでもがん治療には、TLRという自然免疫系の知見も、TCR再構成という獲得免疫系の知見も、オートファジーという細胞解体機構の知見も考慮されていない(胸腺とオートファジーの関係が重要かも知れない)。

 抗がん剤はあらゆる細胞にネガティヴに影響し、最期は悪液質を引き起こす。だとすれば、がん患者としては自然退縮の方途を探った方が実りが多いのではないか。統計操作で1~2週間の延命効果があったように偽装されている抗がん剤の生存率グラフは、たとえそれを鵜呑みにしたとしても、死の床で「のた打ち回る」ほどの激痛に苛まれ最期を迎えることになる。終末期医療という名目の下に、大口病院に回されてきた患者たちは空きベッドを作るために人工死させられた可能性もある。大口病院に限らず、緩和ケア、ホスピス、終末医療を専門とする医療現場は延命治療は施さないという同意書の下に栄養剤の点滴も行わず、鎮痛剤と鎮静剤を皮下注にしたまま、体重の重い男性患者の場合排泄処理も怠り、ベッドの回転率を高めることだけにあくせくしている、というのが現実なのである。抗がん剤の末路は悲惨といわざるをえない。


カタカナ大改革の必要性−1500年の時を超えて

 英語学習において鬼門のひとつが「音」であることに異論はないだろう。LRの区別、thの発音など、日本語表記できないためだ。アクセントやイントネーションも勿論重要だが、先ず、個々の単語の意味が聞き取れなかったり、発音できなければ会話はできない。

 英単語の発音は発音記号であらわされている。母音であれば、ӕ ɑ ʌ ə ɔ、子音の場合、ʃ ʒ θ ð ŋ jといった具合だ。英語学習者は口を開けたり、すぼめたり、舌先を上下前歯の間に差し挟んだりして、日本語にはない「音」を出す訓練をしなければならない。

 しかし、日本人が最も苦手とする発音がLRの区別、thの発音にあることに異論はないだろう。理由は簡単だ。カタカナに対応する文字がないからだ。それがわかっていながら、教育現場ではなんの工夫もないまま今日に至っている。ないなら、新しいカタカナを追加すればいいではないか。

 そもそも、カタカナの起源は仏教伝来に遡る。僧侶たちが経典を和読するためには、日本人だけに通用する発音記号が必要だった。当時の日本には文字がなかったから、漢字を真名とし、仮名(仮の名)が日本人用として借字(万葉仮名)が用いられ、その一部が発音記号としてカタカナになったとされる。奈良時代から平安初期にはカタカナの体系が作られていたという。漢字について、中国式発音を学ぶべきだったにもかかわらず、日本式に土着化させ、日本国のテリトリイだけで流通させる道を選んだのだ。漢詩・漢文も日本式に変換し書き下したため、押韻の理解もこじつけに近くなった。しかし、これが日本独自の文化を生んだ。

 しかし、現在、英語は国際公用語となっている。ӕ ɑ はともかく、L/RTHを識別できないような表現形式しかないということではあまりに非効率である。もっといえば、BVSSHも区別して表記した方が、英語学習の利便性が増すだろう。

 私の英語はまったくの独学だが、TOEIC3回受験して945点、英検は1級だけしか受験していないが、2回目で合格した。日ごろから、英単語を日本語に置き換えるとき、カタカナ表記するように習慣づけたことが役立った。たとえば、カタカナのラ行は使わず、Lァ、Lィ、Lゥ、Lェ、LォもしくはRァ、Rィ、Rゥ、Rェ、Rォとなる。こうすると、Lァイト=LightRァイト=Rightとなり、「ライト」がLRのどちらか、迷うことはなくなる。THについては、発音記号θをそのまま使えばいい。三塁はθァードとなる。米韓で導入設置が決まった「THAAD」(Terminal High Altitude Area Defense)はサードではなく、θァードでいい。この区別はとくに人名で有効だ。オーストラリアの水泳選手Ian Thorpをイアン・ソープと呼んだのでは、Soapになって相手に失礼だ。θォープとすることにより、2重学習の必要がなくなる。テニスの"Stan" Wawrinkaもワウリンカなのか、バブリンカなのか、メディアによってカタカナ表記が異なっていて混乱するが、ヴァヴRィンカが正しい発音に近いのではないか。Singleもシングルではなく、スィングLゥとすればいい。Vitaminもわざわざビタミンと表記する必要もない。ヴァイタミンか、ヴィタミンと表記すればネイティヴ(native≠ネイティブ)にも通用する。

 ただ、ドイツ語やフランス語といった大陸言語に起源をもつ英単語の発音をどうするか、という問題は残る。Germanをゲルマンと呼ぶか、ジャーマンと呼ぶか。

 さらには、中国人名も相互主義は止めて、英語読みに変えた方がいい。英語でのコミュニケーションを目的とするなら、習近平をシュウキンペイと覚えるより、ストレートにxi jinping シージンピン」と表記した方が英語圏はもとより中国人とのコミュニケーションにも役立つはずだ。(中国人が日本人名を中国式に読むから、その見返りに中国人の名前も日本式に読むという官僚たちの子供じみた「相互主義」で損をしているのは一般の日本人の方である。シュウキンペイでは英米人ともコミュニケーションがとれない。)

 日本では、英語学習を国際化の必須要件としているわりには、内外のコミュニケーションに差を設け、徒に表記を複雑にして学習効率を引き下げている。大和朝廷時代、平仮名やカタカナを発明した大和民族の魂を受け継ぐなら、1500年ぶりのカタカナ改革こそ喫緊の課題だろう。


『君の名は。』は右脳を震えさせる

 アニメ映画「君の名は。」を観た。暗闇の中で涙が溢れ、一筋、また一筋と頬を流れた。

 Eテレで新海誠と川上未映子(作家)の対談を観て、この映画監督に興味を持ったのがきっかけだった。Box Officeはすでに宮崎作品以来の100億円超だという。それだけ多くの人たちに感動を呼び起こしているのだろう。

 平面のスクリーンに映し出される動画から放たれる光子が眼球筋肉を振るわせ、水晶体と光彩を調節させ網膜を経由して視覚皮質へ届き、内部表象として結ばれる。このとき、初期感覚皮質、連合皮質が活性化されると同時に辺縁系の扁桃体や海馬とも目まぐるしく信号がやりとりされている。その結果、ニューロンだけではなく、視床下部など内分泌系と免疫系も活性化され、自律神経のうち交感神経の働きを高めたことで涙が出てきたのだろう。この映画は映像とストーリイ展開で右脳の体性感覚皮質にある無数の回路の発火を促す。以上が、言語や理屈を司る左脳的理解だ。こうした思考法では、なぜ、男女のこころが入れ替わるのか、といった理屈にこだわるあまり、魂の震えを感じ取ることができないだろう。

 

 相模原にある障害者施設で大量殺人事件が起きた。犯人は障害者に生きる資格はなく、社会の足手まといに過ぎないと主張した。逮捕された後もその主張を取り下げようとはしていないという。グローバリゼーションが浸透し、成長が鈍化したゼロサム社会では、すべてが効率優先とされている。労働者も生産性が低いと首を切られる。ブラック企業では労働者を奴隷扱いしている。国も労基法を緩め、労働環境は著しく悪化している。警察も相模原事件の確信犯を理屈で説得できていないという。今、世の中は左脳中心に動いているからだ。社会的弱者は自己責任でやってくれ、というのだ。

 その根底には、「自分さえ良ければいい」、他人のパンを奪ってでも自らの生存を確保しようとする本能的自我を正当化しようとする思想がある。つまり、日本社会はいつの間にか、ホッブズのいう「万人の万人に対する争い」を許容する原始社会に戻ってしまっているのだ。本来、皆が誓約したはずの最低限のルール=法律さえも守られていない。増田寛也氏が都知事に就任していたら、豊洲市場の瑕疵は露見しなかった。都議会で圧倒的多数を占める自民党が知事と結託して、都民に真実を知らせることなく、都民からむしり取った税金をいいように使ってやりたい放題をやっているという現実。もちろん、豊洲問題だけではない。都立広尾病院移転問題はもちろん、すべてが役人の匙加減ひとつで決まっている。だが、本当は、内田茂前幹事長を首魁とする自民党都議団が黒幕ではないかと多くの人が疑っている。この構図はひとり東京都だけの話ではない。国政レベルでも、安倍自民党の圧倒的な権勢の影に多くの不祥事が隠蔽され続けている。

 ホッブズによれば、本来、国民が自らの自然権を放棄し、超越する第三者に信託することによって国家成立となったはずだ。そこでは、「一人対その他の民」という心理的構図が醸成され、それが国の強制力の源泉となってきた。つまり、ルールを守らなければ、自分以外のすべての民を敵に回すことになるという了解が人々を拘束するはずだというのだ。ところが、現在の日本では、権力者たちがルール違反をしても、それが隠蔽され、誰も異を唱えることができない。東京都では、たまたま小池知事が誕生し、その闇世界を暴き始めたために大騒ぎになっている。無知な都民が事情を知ることができたために是正する機会が生じたというわけだ。しかし、読売、産経、日経などマスコミは責任追及を役人レベルにとどめ、早々に収束を図ろうとしている。当然のことながら、国政レベルではもっと闇は深い。甘利前大臣のあっせん利得疑惑に対して東京地検特捜部は不起訴処分とした。普天間移設問題にしても、裁判官は自己の良心に基づき判決を下せない。民進党代表に選出された蓮舫参議院議員にしても野田氏を幹事長に指名した。これらすべてのベクトルの矢印の先には戦後日米安保体制を主導してきた守旧派の権力基盤が横たわっている。つまり、豊洲移転問題とは比べ物にならないくらい重要な案件がカーテンの影に隠れて実行に移されている。自民党の圧倒的多数による支配構造がそれを可能にしている。なんど選挙をやっても、甘言を弄する自民党議員に投票する日本国民にはホッブズが想定する近代人の知性が欠落しているとしかいいようがない。

 

 「君の名は。」では、太古から受け継がれたDNAの縁が時空を超えて交錯する。あの世という反物質の世界と現前の濃厚な「生」が共鳴する。原爆、911311のイメージ。楢山に擬せられる深山のカルデラ火口跡に広がる緑の下には死の世界が拡がっている。

 地震、津波、氾濫など自然災害、交通事故、がんなどの病気、肉親の死。多くの人々にとって、深刻な災厄は自分や家族に降りかかるまでは他人事である。ところが、当事者になってみると、それまでの風景が一変する。つまり、わたしたちは、いつあの世に逝ってもおかしくない儚い命を生きているということがわかる。

 障害者のみなさんは好きで障害者になったのではない。それでも毎日、享けた生を全うしようと生きている。弱者をただ無用物と切り捨てる社会は獣にも劣ると言わなければならない。

「当然のごとく明日は来る」と信じる左脳中心主義者たち、前頭前野が駆動できない人たちには、この映画の良さは伝わらないかも知れない。もちろん、「津久井やまゆり園」を襲撃した犯人の目には荒唐無稽なストーリイとしか映らないだろう。だが、現代日本社会は、この犯人が志向する「楢山節考の世界」に戻っているのではないだろうか。


増田寛也氏が説く「都政の安定」とは?

 20142月、舛添要一氏は2112979票を獲得し東京都知事に当選した。安倍政権・自民党東京都連、連合東京、公明党東京都本部などの支持を取り付け、「組織票」をがっちり固めると同時に、元「東大法学部助教授」の肩書でクレバーさ、カネにクリーンな政治家というイメージを民衆の心に焼き付けた。「8000人の待機児童を4年間でゼロに」と宣言し、エネルギー政策に関しては他の候補者同様、脱原発を志向し、「現在6%の再生エネルギーを20%にする」と環境への配慮を訴えた。経済活性策に関しては、「東京を国家戦略特区とする構想」を打ち上げた。

 舛添氏が掲げた、これらの政策は4年の任期中に達成されるべく、準備されていたのであろうか?都議会や都民はこれらの進捗状況を監視してきただろうか?海外公費出張、美術館視察、美術品オークション、湯河原通い、ホテル三日月家族旅行、そば打ち、ピザ窯など、趣味と実益を兼ねたこじつけ公務が公約実現より優先されてはいなかったか?そしてなりより、カネにクリーンだったか?

 25か月前、舛添氏に一票を投じた都民は、自らの判断ミスを反省しなければならない。わたしには当時、舛添氏の言説にCredibilityはまったく感じられなかった。口から出まかせのペテン師としか考えられなかった。舛添氏に投じられた211万票は、たぶんにマスコミによるマインド・コントロールされた結果だろうが、有権者たちにその自覚があるだろうか。

 さて、今回の知事選に関しては、増田寛也氏がかつての舛添氏を彷彿とさせる。安倍政権・自民党都議団による丸抱え候補者である。案の定、都政の「安定」を強調している。彼が唱える「安定」とは、国と都議会自民党と「なかよしこよし」の蜜月関係を意味する。重要な案件はすべてカーテンの後ろで談合の上、事前に決定される。議会における野党の追求は言を左右にして切り抜け、徒に時間だけを消費させ、原案通り多数決ですんなり可決する。まさしくスムーズで安定した決められる政治だが、必要な議論を回避する、形だけの民主主義でしかない。それでも、自公支持者たちは党に命じられるまま投票用紙に「増田ひろや」と書くのだろうか。

 そろそろ学歴主体の「日本型エリート」に対する盲信を見なおすべきではないか。舛添氏も増田氏も東大法学部卒の秀才である。舛添氏はアカデミズムに残り、増田氏は官僚となった。その後、かたや国会議員へ、かたや知事へと政界へ転身した。受験勉強で会得した処世術をそれぞれの世界で生かして頭角を現したといえよう。すなわち、たとえ、本音では同意できなくとも、上位者=出題者の意図を忖度して解答するように訓練されてきた。TVのクイズ番組を想い起こせば理解しやすい。質問やヒントの途中でも速く解答できる才能だ。問題と答えがパターン化されているからこそ可能となる。明確に、一対一の対応関係が成立している。本来、実社会では通用しなくとも、受験勉強ではひたすら、この関係を覚え習熟するように努力する。英語単語記憶術を思い浮かべればわかるだろう。数学でも同様だ。答えと解法パターンの組合せを記憶すればいい。受験とは、まさに連想ゲームにほかならない。小論文対策も、想定される出題者の意図に沿った論旨展開が要求される。個人としての考えは答案に書くことは論外。つまり、「主観」を捨て、出題者が期待する理想的な「客観」を答案に表現する。まさに舛添氏が都知事選で提出した政策に表現されている。本心とは180度異なることでも平気で訴えかけることができるのである。つまり、受験時代に身に付けた戦術である、事前に想定問答集を用意し、そこに相手を喜ばせる用語をちりばめ、模範答案に仕立て上げる。つまり、東大を頂点とする日本型エリートとは、出題者=上位者などの権力者の意に沿うように訓練された人々のことを指す。権力を持つ上位者とはアカデミアにあっては教授、官僚世界にあっては事務次官である。その権威者に阿ね、たとえ意見を異にしたとしても面従腹背で応える態度こそ日本型エリートの神髄なのである。だからこそ、一旦、権力を握ると、公私混同、エゴ丸出しの卑しい人間が露呈してしまうということだ。こう考えれば、科学領域におけるノーベル賞受賞者に東大出身者が少ないのも頷けるだろう。世界大学番付でも東大の地位は低下する一方である。

 たとえば、青色発光ダイオードを開発した、日亜化学と名古屋大学。当時、東大を中心とするメインストリームの科学者は半導体材料としてセレン化亜鉛(ZnSe)に注目し、窒素ガリウム(GaN)は名城大学赤崎勇教授(松下電工出身)、電子技術総合研究所吉田貢博士、NTT松岡隆志博士など傍流とみなされる研究者によって実用化が模索されていたのみであった。その過程で、半導体材料の結晶化成長法として液相結晶成長法、気相結晶成長法が編み出され、赤崎教授ら3人のノーベル物理学賞受賞につながった。あるいは、iPS細胞でノーベル生理医学賞を受賞した山中伸弥京大教授も誰しもがES細胞に着目する中、成熟した体細胞に遺伝子を組み込むことによって多機能細胞を編み出した。いずれも、科学エリートの世界では異端とみなされていた。

 アカデミアや官僚世界と異なり、現実は多様である。黒田日銀総裁ら日本型エリートが机上で考案したアベノミクスが国民の年金資産(GPIF)を20兆円ほど犠牲にしても功を奏しない理由もわかるはずだ。石原慎太郎のベストセラー「天才」の主人公、田中角栄は学歴はなかったが、誰もが認める天才だった。

 増田氏は小沢一郎氏の指導の下に建設省官僚から岩手県知事へ転じ、312年勤め上げた。2期目からは小沢氏から離反し、国に命じられるまま、地方債を発行し借金を2倍の14千億円に増加させた。それだけ公共事業を増やしたということであり、国と県議会と蜜月関係にあったことを示している。任期中、ファーストクラスを利用した海外主張を頻繁に行った。マスコミにつけられた「改革派」知事の称号とは裏腹の実態があった。岩手県知事退任後は、安倍政権で諮問委員会などの委員に任命され、「地方自治」専門家として、舛添氏のファーストクラス利用など高額出張費などを批判しているが、ブーメランを意識していなかったのだろう。増田氏が説く「安定」した県政運営とは、県財政を大幅に悪化させることによって得られた県議会と国との蜜月関係を意味する。安倍政権応援隊のマスコミが小池氏や鳥越氏に対するネガキャンを活発化させることになるだろう。その結果、増田知事誕生となるが、増田都政の下で、都民の血税がどれほど五輪などの利権につぎ込まれることになるか、想像もつかない。2年半前、舛添氏に投票した都民はまた、同じ轍を踏むつもりだろうか。